感想

TRPGやゲーム等のネタバレ感想のまとめ

No.467

#SS

まだ世に神が生きていた時代。人々のそばに神が寄り添っていた時代。
美しきオリュンポスの神々の息吹の感じられた、古代ギリシアの話をしましょう。

芸術を司る女神に守られた都市、アテネに誠実な男がおりました。
正直で、嘘をつかず、浮気もせず。まさに誠実さを人間にしたらこのようになるだろうという男。
美徳とはこの男のためにあるのだろう、と都市の誰もが本気で思うような男。
そんな風変わりともいう男に、美しきアテナ神は素晴らしき神託を与えました。

『その口で美徳を紡げば、春のような人生を』
『その口で悪徳を紡げば、冥府の川のような人生を』

あんな正直者が、あんな誠実な男が、その口で悪徳を紡ぐはずがない。
これは神から賜った幸福なのだと、彼の周りの人間は全員喜びました。
それから彼は順風満帆な人生を送ります。幸福とは彼のためにあり、彼のために幸福があるといわんばかりの人生。

それは突然のことでした。
彼はその口で毒を、嘘を紡ぎ始めたのです。
それは嘘だと誰も思いませんでした。しかし、それはたしかに嘘なのです。
その口から嘘が紡がれるたび、彼の口は横へ裂けていきました。
耳まで裂けても、彼は嘘を紡ぎ続けます。
今度は縦に裂け始めます。口が十字架のようになったとしても。
彼はそれでも嘘をつき続ける。
頬と鼻まで唇が裂け、顎が歪み始める。歯が吐き気の催すような見た目となり、舌は蛇のように舌が2つに分かれる。
もはや人間の姿ではありません。冥府に住まうおぞましき化け物どものようなその姿。
ついにその口は嘘すらつけなくなりました。発音すら出来ないほど歪んだのです。
神託を守らなかったから、女神の怒りが下ったのだと。
彼の周りから人が離れていきました。
それでも、彼の喉は嘘を紡ごうとする。

歪んだ口によって狭くなってしまった視界に映るのは、彼の愛しい妻の姿。
事故によって、その瞳に二度と光を映さなくなった愛しい妻。
彼は毎日こう言っていました。
『大丈夫、きっとまた見えるようになるよ』と。
『見えるようになったら、昔に行った丘に行こう。僕がおぶっていってあげよう』と。

どうやっておぶるというのでしょう、彼もまた事故によって膝から下を失ったというのに。
彼がそんな夢物語を語るたびに、妻は笑みを浮かべる。
その笑みのためなれば、男は異形の者になったとしても構わない。
妻の笑顔のために、彼は今日も嘘を紡ぎ続ける。
女神の罰を身に受けながら。

この物語では、化け物とは誰だったのでしょう。
口が歪んだ男なのか、最初は調子よくついてきたのに最後には離れていった知人たちか。
あんな神託を与えた女神なのか、それともただの運命だったのか。
こんな怪談ですらない話を静かに聞いてくださり、ありがとうございます。


【お題】
ありえない形に歪んだ・男・口/舌
【参考にしたもの】
ギリシャ神話

1206文字,

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